先が見えないと、不安になるのは自然なこと
おっしゃる通り、見通しが立たないと、人は不安になり、どうしていいのかわからなくなるものだと思います。
子どもに限らず、命と向き合うとき、私たちは予測通りにいかない場面に何度も出会います。助産師として妊産婦さんと関わる中でも、つわりや陣痛ひとつとっても、長さも強さも、現れ方も乗り越え方も、一人として同じ方はいません。命と向き合う時間は、いつも不確かさを含んでいると感じます。
かつては、身近に赤ちゃんや子どもがいて、育つ姿を日常の中で見聞きしながら大人になっていったのだと思います。でも今は「新生児を抱っこしたのは、わが子が初めて」という方も少なくありません。子育てに見通しを持つこと自体が難しい時代に、私たちは子育てをしているのだと思います。

それでも「大まかな流れ」は存在している
一つとして同じお産はありませんが、助産師として把握している大まかな流れや、共通したケアの原則のようなものはあります。それをもとに、「今は休むときかな」「今は動いたほうがよさそうかな」と考えながら、ケアを組み立てていきます。
子育てもそれと似ていると感じています。育ち方も親子関係もまったく同じものはありませんが、人が育つ過程には大まかな順序や流れがあります。
春の次に夏が来て、やがて秋になるように、子どもが育つ過程にも季節のような流れがあります。日本では昔から季節ごとの行事を大切にしてきましたが、その背景には、長い時間の流れに区切りをつけ、節目を感じる知恵があったのかもしれません。
子育てにも、命名式、お食い初め、健診、予防接種など、小さな節目がたくさんあります。それを意識するだけでも、長く続く道に目印が生まれます。
また、産後の毎日の中でも、朝カーテンを開けて「おはよう」と言う、夜は温かい飲み物を飲んで「おやすみ」を言う、そんな一日の区切りをつくることが、自分の感覚を取り戻し、リズムを整える助けになるでしょう。
気づけば、後ろに道ができている
赤ちゃんと暮らす時間は、命を守り、求めに応え続ける毎日です。お母さんの意識は自然と、目の前の赤ちゃんの小さな変化に向かっていきます。
私自身、一人目の子育てのときは「これでいいのだろうか」「この先どうしたらいいのだろうか」と不安で、未来への道すじに迷う時間が長くありました。
けれど今振り返ると、イヤイヤや寝ぐずりなど「困ったな」と感じていた出来事のひとつひとつが、子どもの中に大切な力が育まれていく過程だったのだと思えるようになりました。そして、私たち親子の関係が形作られていったのだとも感じています。
今、赤ちゃんの子育てにしっかり向き合っておられるからこそ、「先が見えない」と感じるのだと思います。子育ては形を変えながら長く続いていきますが、今の大変さがそのままずっと続くわけではありません。
1か月健診、予防接種、お食い初め——目の前のひとつひとつを味わい、重ねていくうちに、気づけば後ろに道ができている。今は見えなくても、歩いてきた証はちゃんと残っていきます。
どうか今日一日を過ごしたご自身を、そっとねぎらってあげてくださいね。




















