「卵子凍結」。言葉自体を耳にする機会が増えても、クリニックに行くのが怖かったり、どんな体験が待っているのかが想像できない人も多くいるはずです。この連載では、実際に卵子凍結をした女性からその経験を聞き、それによる気持ちやライフスタイルの変化、そしてその卵子により妊娠・出産に至ったのかどうかなどを聞きます。
vol.4に登場いただくのは、現在は子どもを持たず、パートナーと充実した生活を送っている園田亜希子さんです。1人目のパートナーとの不妊治療から、離婚をきっかけに行った卵子凍結、そして現在のパートナーと巡り合い凍結した卵子を使って体外受精を行った経験はどのようなものだったのでしょうか。
無邪気に子どもができると思っていた。最初のパートナーとの別れ

──まずは、現在のライフスタイルについて教えてください。
卵子凍結と不妊治療を経験し、現在はパートナーと子どもを持たない人生を歩んでいます。夫婦で仲良く暮らしながら、最近飼い始めた豆柴をわが子のような存在として可愛がっています。
──この取材では、現在に至るまでの卵子凍結のお話を聞かせてください。まず、もともと持っていた家族観や、結婚観はどのようなものでしたか?
無邪気に子どもができると思っていました。働きながら子育てをする女性が多くなってきた時代でしたので、私も当然その1人になるのだと思っていました。ただ、結婚を急ぐ気持ちはあまりなく、30代で良い方に巡り会って、「結婚したいな」と思った時にしようと思っていました。そして、30代に入ってから最初のパートナーと結婚しました。
──最初のパートナーの方とは子どもを持つイメージはありましたか?
相手は子どもを持つことを強く希望していませんでしたが、かといって否定的であるわけでもありませんでした。なかなか妊娠できなかったことと、年齢が30代後半に差し掛かっていたことから、人工授精による不妊治療を行っていました。しかし、相手はとても自由で、自分の時間ややりたいことを優先したいタイプ。このまま結婚生活を続けるのは難しいと考え、38歳の時に離婚を決断しました。
離婚を報告した時、まっさきに上司に勧められたのが卵子凍結だった

──離婚が卵子凍結のきっかけになったのだとか。
離婚を決めた後、結婚した時にお祝いしてくださった当時の女性の上司に離婚の報告をしました。すると、まっさきに「卵子凍結だけはしておいた方がいいよ」と勧めてくれました。当時は卵子凍結に対する東京都の助成がなく、その経験者も周りに少なかったことからとても驚きました。しかし、その上司の経験談や考え方を聞き、私も卵子凍結をやろうと決断しました。
当時の私は離婚したばかり。次のパートナーを探す気持ちにもまだなれておらず、次に子どもを持とうとする時に何歳になっているかわからない。それならば、自分にできる準備をしておこうと考えたのです。
助成のない当時、凍結費用は50万円。貯金をして凍結を行った
──クリニックはどんなところでしたか?
卵子凍結のことを教えてくれた上司が勧めてくれたクリニックを選びました。東京に卵子凍結で有名なクリニックがいくつかあり、その中のひとつでした。はじめはクリニック主催の説明会に参加し、そこで具体的なプロセスを聞きました。具体的なプロセスを聞いてみると、その大変さも理解できましたが、そこまで大きな抵抗を感じることはありませんでした。最初のパートナーと不妊治療を行っていたこともあり、クリニックにかかることに慣れていたのかもしれません。
自然妊娠とは違うプロセスであることへの違和感もゼロではありませんでしたが、30代後半で独身でいることを考えると、未来の自分に保険をかけておくという意味でも卵子凍結が必要だと感じる気持ちの方が勝っていました。
──東京都の助成がないということは、必要な費用はすべてご自身で用意して卵子凍結を行ったということでしょうか。
その通りです。かかった費用は50万円ほどだったと記憶しています。そんな大金を自由に動かせる状態ではなかったので、まずは働きながら貯金をしました。半年くらいでお金が用意できると、すぐに上司の方に教えてもらったクリニックに行きました。
──説明会では、卵子の数と妊娠率に関する説明も受けられたと思います。凍結する卵子の数に目標はありましたか?
1回の卵子凍結で50万円もの費用がかかるので、「まずは1回やってみよう」と思っており、卵子の数には具体的な目標はありませんでした。
採卵できたのは5個。「いったんこれで、準備ができた」

──実際の採卵と凍結のことを教えてください。
採卵準備のための検査や通院、薬の服用にはあまり大変さを感じませんでした。比較的自由な働き方ができる会社に勤めていたので、空き時間を使って通院をすることができました。採卵当日、クリニックで手術着に着替え、手術室を見た時に「ああ、これは手術なんだ」とわかると、にわかに緊張に襲われました。なんとなく簡単な処置のように思えていた採卵が、実際にはれっきとした手術であることをようやく実感したのです。
採卵が始まってからは、モニターに卵巣のエコー画像が映し出され、ひとつひとつ卵子を吸い上げていく様子が興味深く、緊張が少しずつ解けていきました。「これが私の卵巣かあ」と初めて見る映像に興味津々。さらに、そのクリニックでは採卵した卵子を培養室に手渡すところもモニターで確認できるようになっていました。手術室と培養室の間にある壁に小さな小窓があり、培養室から培養士の方の手がすっと伸びてきて、私の卵子を受け取るところを不思議な気持ちで見ていました。
局所麻酔をしていたこともあり、痛みをほとんど感じることなく採卵は無事に終了。その後、5個の採卵ができ、それらを凍結すると知らされました。卵子の状態を表すグレードは、3個は良好。あとの2つはそれには劣るグレードではあるものの、基準を満たしているので凍結するとの説明でした。
──採卵結果を、どう受け止めましたか。
「5個凍結できたなら、十分だろう。これで次のパートナーと出会う準備ができたな」と感じました。今思えば、少し軽く考えていたなと思います。当時の私は、卵子凍結ができただけでも十分で、もしこの卵子で妊娠できなくても、他の方法で妊娠することもできると考え、ここで卵子凍結を終わりにすることにしました。
次のパートナーと出会い、いよいよ採卵した卵子を使うことに
──その後、現在のパートナーの方と出会われたのですね。
1年ほど経った39歳の時に今のパートナーと出会い結婚しました。1度結婚・離婚を経験しているため、結婚相手に求めるものがはっきりしていたこともあり、子どもが欲しいこと、不妊治療が必要になるかもしれないこと、卵子凍結をしていることなどを全て話しました。パートナーは年下であることもあり、そんな話を聞いたのは初めてのようでした。しかし、驚きながらもしっかりとそのことを受け止めてくれました。
──それでは、結婚後すぐに凍結した卵子を使うことに?
付き合っていた期間の半年と、結婚してからの半年は自分たちなりに自然妊娠を目指して頑張ってみましたが、子どもを授かることができませんでした。40歳に差し掛かった頃、「やっぱりできないね」と卵子凍結をしたクリニックを訪れました。その時の年齢や検査の結果から、人工授精のステップは踏まずに体外受精を行うことを提案されました。その勧めを受けて、凍結した卵子の中でも状態の良かったものから融解し、精子と受精させて培養し、胚盤胞まで育った胚を移植する方針になりました。
離婚をきっかけに卵子凍結を行った園田さん。まだ助成のない時に卵子凍結をするのはとても大きな決断でした。後編では、凍結した卵子を使って体外受精を行ったこと、その後の不妊治療、そして現在に至るまでのお話を聞かせていただきます。
(取材・文:出川 光)










