卵子凍結と不妊治療を経て、子どもを持たない人生の幸せに辿り着いた(後編)

卵子凍結を実際に経験した女性は、どんな時に、なぜ踏み切ったのでしょうか。予算のこと、パートナーのこと、気持ちの変化などについて聞きました。今回は、卵子凍結、その卵子での不妊治療を経て、現在は子どもを持たない人生を楽しむ女性にお話を聞きます。

卵子凍結と不妊治療を経て、子どもを持たない人生の幸せに辿り着いた(後編)

最終更新日:
2026-02-20
公開日:
2026-02-20

「卵子凍結」。言葉自体を耳にする機会が増えても、クリニックに行くのが怖かったり、どんな体験が待っているのかが想像できない人も多くいるはずです。この連載では、実際に卵子凍結をした女性からその経験を聞き、それによる気持ちやライフスタイルの変化、そしてその卵子により妊娠・出産に至ったのかどうかなどを聞きます。

vol.4に登場いただくのは、現在は子どもを持たず、パートナーと充実した生活を送っている園田亜希子さんです。1人目のパートナーとの不妊治療から、離婚をきっかけに行った卵子凍結、そして現在のパートナーと巡り合い凍結した卵子を使って体外受精を行った経験を語っていただいた前編に続き、後編では子どもを持つための全ての選択肢を検討しつくすまでの過程と、現在の生活についてお話を伺います。

結果が出ない不妊治療に気持ちが折れて、終わりを意識し始めた

──前回のインタビューでは、凍結した卵子を使って体外受精を始めるところまでお話を聞かせていただきました。この体外受精の経験について教えてください。

凍結した卵子を、状態の良いものから順に使って体外受精を行いました。しかし、妊娠に至ることができませんでした。最初の2回は着床ができず、3回目では着床はしたものの妊娠を継続することができませんでした。

1回目、2回目では希望を持てていたのが、3回目の結果で薄れてきてしまい「こうやって、努力が実を結ばず消えていくのか」ととても残念な気持ちでした。妊娠できなかったことだけでなく、それまでかけてきた身体的、心理的、経済的な負担や仕事やパートナーのスケジュール調整にかけた労力は何だったんだろうという無力感がありました。不妊治療の成果は、子どもを授かれるか、そうでないかの0か100。毎回「0」の結果を受け取るのは辛いことでした。

──その後、転院をされているとか。

パートナーが医師の説明に納得できない部分があったこともあり、クリニックを変更しました。クリニック変更後は、採卵と体外受精を行いましたが、ここでも妊娠に至ることはできませんでした。

はじめの頃は治療に積極的だった私ですが、次第に「いったい、いつまで治療を継続できるのだろう」という気持ちと、「この労力を、旅行や家を建てるといった、二人にとって楽しいことや生産的なことにに使いたい・・」という思いが湧いてきました。努力をしているのに報われない辛さに限界を感じていたのです。

──パートナーの方にはどのように気持ちを打ち明けましたか?

病院への送り迎えをしてくれる車内で「ねえ、いつまで続ける?」と私から治療に終わりを設けることを相談しました。それをきっかけに何度か議論を重ねるうちに、高度生殖医療に対する助成金が終了(※)する年齢が近いことがわかりました。その対象年齢である42歳までで治療を一旦やめることを二人で決めました。

※2022年3月までは、体外受精・顕微授精の高度生殖医療に対し1回あたり最大15万円〜30万円程度を助成する制度(他に諸条件あり)があった。その後、それらが保険適用になり(諸条件あり)、この助成制度は終了した。

台湾での卵子提供、特別養子縁組。すべての選択肢を検討しつくす

──その後、さまざまな選択肢を検討されたとか。どのようなことを行なったのでしょうか。

まず、卵子提供を検討しました。台湾では第三者からの卵子提供を受け、体外受精を行うのが一定の条件のもとで合法であり、手続きを行えば日本人でも卵子提供を受けることができます。ホテルで行われた説明会に参加し、卵子提供による不妊治療を行うかどうか考えました。この治療であれば、少なくともパートナーの遺伝子を受け継いだ子どもを授かることができるかもしれない。台湾と日本では顔立ちも似ていることが多いことから、日本人でこの治療を受ける人は少なくないそうです。

しかし、総額でかなりのお金がかかること、治療にひと段落ついて中で私自身が子どもを持つことへのモチベーションが下がってしまっていたことからこの選択肢は取らないことにしました。パートナーも私の考えを変えるほどのモチベーションを持っておらず、費用のことも気にしているようでした。

さらにその後、特別養子縁組も検討しました。仲の良い友人が特別養子縁組により生まれたばかりの赤ちゃんを養子にして育てており、具体的な審査などのプロセスを教えてもらったり、実際に親子でうちに遊びにきてもらったりして、それが自分に合った方法なのかを考えてみました。実際にその様子を見ていると、友人は幸せな家庭を築いており、とても素敵だなと思う一方で、「何が何でも子どもを持ちたいわけではない」ということに自分で気づいていた私にとってはハードルが高いなと感じました。パートナーも、あまりピンときていない様子で、この選択肢は私たちには現実的ではないと判断しました。

すべての選択肢を検討したことで、「子どもを持つ」ことに対する自分たちの内面を深く自問することができた

──これらの方法も検討したことで、ご自身の気持ちに変化はありましたか?

それまで持っていた「子どもが欲しい」という気持ちの、さらに深いところを知ることができました。自分はどこまでお金をかけられると思っているのか。治療による心身の負担をどこまで受け入れられるのか。血のつながった子どもが欲しいのか、そうでないのか。授かったあとの子育てを心から楽しめそうか。本気で全ての選択肢を検討し、あらゆるイメージをしたからこそ、その答えが出たように思います。

パートナーの方も、これらの過程を経て自問自答をしていたように思います。それぞれの選択肢への向き合い方や意思決定を通して、その時々でなんとなくどんな風に感じているのかを知ることができました。

──その後、どのように不妊治療に終止符を打ったのでしょうか。

パートナーは自然妊娠を期待している素ぶりもあり、その可能性はゼロではありません。しかし、私がもともと持っていた婦人科系の病気と年齢の兼ね合いで妊娠する可能性は以前より低くなっていることは事実です。そこからパートナーとは、二人の目標を、子どもを持つことから別のテーマに切り替えていくことについてゆっくりとコミュニケーションを重ねてきました。

また、不妊治療の終了をひと区切りとして、自分の両親とパートナーの両親それぞれに、子どもを持つことは難しそうだということを伝えました。幸いなことに、どちらの両親も治療中から深い理解を示してくれていました。私の両親は「(私たちが飼っている)犬が孫だと思っているわよ!」という言葉をくれ、時には不妊治療の費用を援助してくれたパートナーの両親も私たちの決断を受け入れてくれました。

子どもを持たない身軽な人生の楽しみ方。できることをすべてやったからこそ、今がある

──現在の生活について、教えてください。

今は、犬を可愛がって、パートナーとアウトドアレジャーを楽しむ生活を送っています。子どもを持たない人生のいいところは、とても身軽なところ。それを楽しむことに集中するようになったら、新しい幸せな生活がやってきました。この生活のヒントは、元々周りの子どもを持たなかったカップルから学んでいて、治療を続ける中でももう一つの選択肢として描いていました。こうした友人たちが周りにいてくれたことが、私たちが視野を狭めないことに繋がったので本当に有り難く思っています。

──卵子凍結や、不妊治療を振り返ってみてどう感じていますか。

卵子凍結を30代のうちにしておいてよかったと心から思います。そうでなければ、後になってからきっと後悔していたでしょう。もっと早くてもよかったと思います。また、考えうる全ての選択肢を真剣に検討しつくしたこともとてもよかったと思います。おかげで、後悔なく今の生活を楽しむことができています。

──最後に、読者に伝えたいことはありますか。

あなたの周りには、きっと不妊治療や卵子凍結の経験がある人がいるはず。もしも迷っているのなら、思い切って周りに助言を求めたり、経験談を教えてもらってはどうでしょうか。私がそうであったように、リアルな情報はきっとあなたの役に立ちます。

私からの「リアルな情報」は、卵子凍結はあなたを支える選択肢のひとつになるということと、一方で子どもを持たない人生もいいよ、ということ。これからもさまざまなことに挑戦していきたいという前向きな気持ちを、悩んでいる人に伝えられたら嬉しいですね。

取材・文:出川 光

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